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<募集終了のお知らせ>

2022年2月20日をもちまして、新U13カテゴリの選手募集は終了いたしました。
皆様のご応募・チャレンジありがとうございました。

またのチャレンジを心よりお待ちしております。

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<応募は終了いたしました>

   

   

こんにちは。リャンです。

先日発令された緊急事態宣言から1週間が経過しましたが、今尚、日本国内だけではなく世界規模で危機に直面しております。

通常でしたら新しいクラス・メンバーと一緒にフレッシュな気持ちで迎える時期ではありますが、とても残念な状況になってしまいました。

正直このような事態を望む人間なんて誰一人いないとは思いますが、現実的に起こってしまった以上は何よりも安全(命)が優先されながらも、 この状況をどのように乗り越えて成長に繋げていくか、それに尽きると思います。

当たり前の日常が当たり前ではなくなってしまったこと。

グラーナの練習中にも度々伝えてきた、サッカーが出来ることは決して当たり前だと思わないこと。

ここ日本で活動している現在も、腑抜けた姿勢で練習に臨んでいる選手たちを見るたびに訴えてきましたが、とは言いながらも貧富の差はあれどある程度不自由なく生活が出来る日本でそれを理解すること・体感することはまず不可能だろうと思っていたのも確かです。

今回のコロナの件とは別で、世界中には色々な事情でサッカーをしたくても出来ない人たちがたくさんいることを実際に見てきました。

しかし僕自身も長く日本で暮らしていることで、口ではいいながらも現地で目の当たりにした当時の心境が無意識のうちに風化されてしまっていたかも知れません。

「今すべきこと・今できること・今しかできないこと」

サッカーの出来る幸せを再認識できる時間にしながら、行動が制限された中でどのように自分自身を高めるか。

個人的に連絡先を知っている選手に向けては、不必要な外出自粛を守りながら普段できないことや今しかできないこと(例えば好きなことのための勉強など)に使うための大事な時間にするようちょくちょく促しています。

実際に保護者さんから、僕が送ったyoutubeの英会話動画を見て勉強を始めたり、ドイツ語で書かれた練習レポートを渡して辞書片手に解読している模様など(笑)、行動に移そうとしていることは嬉しかったですし、少しでも語学の必要性を感じたり興味を持ってくれたら何よりです。

子どもたちの多くが目標とする『海外でプロサッカー選手になること』

そのためには最低限英語が出来なければ話になりません。

今の時代、いくらでもお金をかけずに勉強するツールが存在している以上、勉強が出来ない言い訳は利かなくなってきます。

コツコツ努力すること。

これは時代が変わっても一生必要な要素かなと思います。

ふたたびサッカーが出来る日がきたとき、この自粛期間を有意義な時間として活用していたのか?それともクソ人間に成り下がるような生活をしていたのか?

再開の時にハッキリ明暗が分かれているはずです。

皆さんも健康と安全には十分ご配慮いただき、また元気な姿でお会いしましょう。

僕自身もパワーアップしてるように、この時間を大事に使いたいと思います。

Bis dann

スソンコーチ



こんにちは。


このブログ企画のおおとりを飾らせていただきます、リャンです。
自分でブログの順序を決めてなんですが、、、完全に失敗したなと後悔してます。
他のスタッフによる話題満載のネタ、昨日のりょうたのクソみたいなブログの流れで日曜日の夜、「明日から平日でブログなんて読んでいる暇なんてないよ」と非常にネガティヴな声を想像しながら、一体全体なんのテーマを書こうか今この瞬間も考えています。

ここはドストレート勝負でいきます。

今までサッカーやっててよかったな!と思った瞬間はたくさんありますが、特に印象深い出来事やエピソードを絞ってお伝えしたいと思います。

◗サッカーやってて良かった!その1→色々な国へ行けたことです。
高校時代の遠征でいったアルゼンチン始め20代後半で安定を捨ててバックパックと少しの所持金を握りしめ飛び立ったオーストラリア、アメリカ、南アフリカ、ドイツ、インドネシア、カンボジア、タイ、マレーシア、ご存じドイツ、ベルギー、オランダ、スペイン、フランス、ポルトガル、イギリス、オーストリア、アイスランド・・・etc


人生に明確な目標も見つからずにそれでも何かを変えたいと思い行動に移したオーストラリア、初めて海外で生活に大きな不安と将来への心配を抱えながらのスタートで一度サッカーから離れてみようと考えてましたが、渡航3か月後に所持金のほとんどが底をつきかけた時、やはり自分を救ってくれたのがサッカーでした。

公園などのストリートサッカーを通じてできた友達に教えてもらった地元工場での仕事情報、新聞を見て探したサッカークラブで、初めて選手としてお給料をいただいたこと。

英語も当時まったく話せず学校へなんて高くてとてもいけない中、サッカーで知り合った仲間に会話の中で勉強させてもらいました。

オーストラリア時代(州リーグ)
プレミアチックのお洒落なスタジアムでプレー
当時住んでいた場所より徒歩圏内にこんな場所が・・・

◗サッカーやってて良かった!その2→たくさんの人たちと出会えたことです。

今も昔も交友関係はあまり広いほうではなく敵も多くつくってしまうことが特技の私ですが(笑)、1月にFC.GLAUNAで行った韓国遠征の現地をオーガナイズしてくれたスンファ(釜山アイパーク)や年明けにふらっときたジモン(現マインツU23)始め、グラーナの子供たちなどたくさんの人たちと知り合うことが出来ています。

サッカーをしていなかったら・・・たぶん友達0なんじゃないかなと素直に思います(笑)

1年のオーストラリア生活から日本へ帰国する道中に寄った東南アジア、まだまだ自分の語学や経験値に疑問と物足りなさを感じていた中で、経済的には日本と比べても貧しい国々で出会った人々にも大きな影響をいただきました。

特にアンコールワットで有名な都市シェムリアップに行ったとき、たまたま通りがかった小学校に突撃訪問し、カンボジア語の訳のわからない授業を一緒に受けさせてもらい、裸足でサッカーをした子どもたちの表情で印象深かったのは、真っすぐでキラキラした目でした。

この時に
「お金の多さ=幸わせ」ってのは大きな間違いだと気付かせていただきました。

こんなことを考えるキッカケをいただいたこの子たちや学校の先生に、機会があればもう一度会いに行ってみたいです。(もちろん大量のサッカーグッズをもって)

そんなこんなで自分にはやっぱりサッカーしかないなと思った次の行き先に選んだドイツ。
当たり前ですが相変わらず異国で生活することの大変さも痛感しながらも、大好きなものを追求するという明確な目標をもって渡った国でしたので、たくさんの同志とのめぐり逢いがありました。

カンボジアの小学生と
カンボジア語での授業
40℃を超える炎天下の中、自転車を12時間漕ぎまくったアンコールワット


◗サッカーやってて良かった!その3→好きなことを徹底的に追及することで得られる経験です。


最近思うことは、若いうちにたくさんの非日常体験や苦労をどれだけするかで人生決まるんじゃないかな?ということです。


その代表例は「根拠のない自信」です。

科学的根拠はもちろんありませんが、人はやる前にあれこれ最悪の事態を想定し過ぎて結果行動に移せない習慣があると思いますが、腹をくくって決めたことをチャレンジしたときは、不思議と心配していたようにはならず(ギリギリな状態になるかもしれないが)最終的には自分に大きなモノをもたらしてくれたということです。


保証されている将来なんてつまらない。


これはコーチという職業をする上で軸となっている部分の1つで、現在グラーナでサッカーで高みを目指す子供たちや保護者さんとお話しさせていただく中でも、一歩踏み出すことの大切さをわかりながらも中々踏み出す勇気がない姿を見ると、自分の経験がフラッシュバックしてきて、だからこそリスクを背負ってチャレンジしてほしいなと自信をもって促すことが出来るんだと思います。


他人に自分の価値観を押し付けることはしませんが、リスクを背負ってチャレンジする道を僕は子供たちに心からお勧めします。


もちろん将来の責任は取れませんが、ダメだったらその時考えればいいんです。


そのこと自体が、もう成長の証でないかと思うのはぼくだけでしょうか?


◗サッカーやってて良かった!その4→スポーツが人生を豊かにするということです。


人によって幸せの定義は違うと思いますが、上記3つにあるように既にサッカーをしていることで日々の生活が素敵なものになっています。


今でこそ笑い話に出来ますが、グラーナが始まるほんの数年前は


・いい年ぶっこいた30過ぎのおっさん
・学歴なし
・貯金なし(借金もなし。笑)
・仕事なし
・たかだか4年ちょっとの海外経験

仮にこの条件で婚活サイトに登録したら、間違いなく絶望的な男もしくはただのやばいニートと判断されるでしょう。笑


でも不思議とその頃も不幸せと感じたことはありませんでした。
サッカーと一緒に何か目標に向かっていく前向きなエネルギーがあったかも知れませんが、日本では経験出来ない非日常体験が自分の人生観に大きな変化をもたらしたんだと思います。

なんとかなる。


好きなことを追求する道のりは、正直楽しいことより大変なことが圧倒的に多いはずです。でも壁にぶち当たっても「なんとかなるだろう」と。


今回のコロナウィルスも一見ピンチに直面しているかのようで、その後ろにはチャンスが隠れていると思っています。

そう思うと、この貴重な自粛期間も無駄にできない!と何かしらの行動に繋がるはずです。


今回このブログ企画は、スタッフ懇親会の勢いそのままに実施されましたが、結果、普段あまりコミュニケーションを取れないコーチの人物像や性格、思いなどを皆さんへお伝えする良い機会になったかなと思います。


最後おいしいところをサクッともっていき代表の貫録勝ちという思惑とは裏腹に、今日はネタが決まらずヒヤヒヤもんでしたが(笑)、何よりもこのような素晴らしいスタッフに恵まれた幸運に感謝したいと思います。
もちろん素敵な子供たちや保護者さんにもです!


今流行りのユーチューバーっぽく言わせていただくと、もしこのブログが楽しいと思った方は是非「いいね!」をよろしくお願いします(笑)


あっという間の自粛期間でしたが、暇つぶしにこのブログを覗いて楽しみいただいた皆様、ありがとうございました。


グラーナは明日より再開致しますがまだまだ予断を許さない状況下にあります。
1日も早く、コロナウィルスの騒動が収束に向かうこと、感染者が出ないこと、犠牲者が出ないことを心より願っております。


それではBis dann,Ciao,Ciao
Liebe Grüße mit vielen Herz
スソン

スソンコーチ、黒木コーチをはじめ、グラーナには相当の猛者たちが集っている。
私もその中の一員であることに必死に躍起になっている。
このクラブで存在し続けるためにはただのコーチであるだけではなく、何か強い武器を持ち合わせていなければならない。サイボーグ009よろしく、それぞれがそれぞれの個性に合わせた強さが必要なんです。

私の強さとは、戦う姿勢だと思っています。いつでもどこでも、戦う姿勢は保とうと心がけています。電車では女性が立っていれば私はどれだけ席が空いていようと座らない。お腹すいたとか、寒いとか、暑いとかも口にしないようにDNAにプログラミングされています。

そんな私の戦う代表的なエピソードに大学時代の話がありますので、皆さんの暇で暇でもう明日にはひまわりが頭に咲いちゃうよっていう子どもがいたら、是非これを読んで欲しい。戦うというのは、ピッチの中でだけ行われているわけではない。

私は大学生の頃、非常に勉強熱心だった。勉学を最優先とし、その他の一切のものが勉学より優先順位が上回ったことはない。いついかなる時も勉強勉強、寝るか勉強、俺の人生はそれだけだ、と思っていた。

そんな大学生活のある日、私はふと、その日ウンコが3日ほど出ていないことに気がついた。3日ほどと書いたのは、最後にしたのがいつだったのか思い出せないからだった。でも直近2日にはしていないのは確かだった。3日前だろうか、4日前だろうか。記憶は定かではない。さすがに5日はないだろう。まあ、今日ぐらいには出るだろうと気軽に考えていた。

1時間目の授業が終わった大学の授業は90分なので、終わったのが10時半頃だった。少しトイレに行こうかと思ったが、移動に忙しく、なんとなく、行くことができなかった。

2時間目。授業の途中でトイレに行きたくなった。でも我慢我慢。授業中だ。俺は大学に何をしに来てる?勉強だろ。こんなものちょっと我慢したらすぐだろう。お昼休みにトイレに籠るのは人の出入りが多いのであまり好まなかったが、仕方ない。そしてそんなことを考えている間に2時間目が終わり、トイレに行きたい気分もおさまってしまっていた。

お昼休みはそんな感じでなんとなく、トイレに行きたい気持ちは忘れて友達と楽しいランチタイムを過ごしてしまった。

そして3時間目。私は精神と時の部屋に入ることになる。授業が始まって20分ぐらいしてからだろうか、私はトイレに行きたくなった。『そうだった。トイレに行くのを忘れていた…』私は内心後悔した。しかし、幸いにも授業はスポーツ医学(整形外科)だったので、座って授業を受けていた。ジャンパー膝とか、股関節の先天的な病気に関することを学んでいる間にトイレのことはなんとなく忘れかけていった。しかし、また20分後、大きな便意がこみ上げてくる。ちょっと中座し、トイレに駆け込むことも一瞬脳裏を過ぎったが、私はいかんせん学生であった。しかも勉強熱心な。1にも2にも、34も5も、勉強だったのだ。トイレで授業をちょっと出る?そんな腸内マネジメントもできない野郎に選手のマネジメントなんてできるわけないだろう?そんないきりたった考えを持った私が、まさにトイレで授業を抜け出すなんてあり得ない。我慢我慢。1時間目も2時間目もできていた。我慢すればいい。ちょっとモジモジしてしまうが、しっかりお尻を椅子につけていれば、出てくることは絶対にあり得ない。物理的に無理だ。そう考えていた。すると便意は引っ込んだ。よーしよしよし。これでいい。さすがは俺だ。負けるわけにはいかない。こんなところで。

しかし、安心も束の間。次に便意がやってきたのはその数分後だった。しかもさっきよりも少し大きくなって帰ってきたのだ。『このやろう来やがったな。ただ、俺はお前には絶対負けない。』ここ辺りから私は授業内容など二の次三の次になり、全神経をおしりに集中させていたことに気付いていなかった。

見た目は平静を装っていた。誰も私を見ても体内でそんな戦いを繰り広げていることは知る由もないだろう。しかし、私は戦っていたのだ。室内は冷房がかかった夏の日だったが。私はうっすらと冷や汗をかきながら。平然と戦っていたのだった。

そして私はまた戦いに勝った。少し長くなったが、私は勝った。たしかに、便意はどこかに行っていた。私は負けず嫌いだった。授業はだいぶ進んでいて、ずいぶんノートがとれていなかったので、ペンを再度取った時だった。

あいつはすぐに帰ってきた。さっきボコボコにして追い返したところだったのに。たった1、2分で帰ってきた。しかもさっきよりも2倍?3倍になっていた。いや、こっちに来る間にもだんだんと大きくなっている。見てわかるほどだった。今もまさに成長している。少し私は大きめの深呼吸をして、机に突っ伏した。視覚情報も遮り、私は持ってる力を全てお尻に集中させていった。今回の敵は大きい。強い。それは姿が見えた瞬間にわかった。トイレに駆け込むどころか、最悪の事態もイメージできた。

いったいどれだけの時間戦ったのだろう。もう授業どころではない。何の授業だったかも忘れていた。私は突っ伏したまま体をよじりながら、肛門括約筋(こうもんかつやくきん)を最大限収縮させ、あいつが押し寄せようとするのを押さえていた。

『もう…だ……め……。かもしれない…』そう思ったのは、突っ伏して、全く動いていないはずの頭がグルングルンと大きく回しているかのような感覚に陥ったからだ。なんだこれは、初めての体験だった。本当に起き上がって、最大限頭をぶん回している。そんな感じだった。私は必死にそれに着いていきながら、何が起きているのか分からないまま、だけど、肛門括約筋だけは死守していた。

次の瞬間だった。僕の後ろに座っていた後輩(その授業は前年に落とした単位だったので)が大きな声で「先生!人が倒れてます!」と、うすら笑いを浮かべながらで言っているのだ。そんな大きな声で何を言っているのだと思い目を開けると。私はなぜか教室の通路に横たわっていた。「???」一瞬何が起きているかわからなかった。しかし、すぐに気付いた。倒れたのは自分だったのだと。気を失うまで俺は我慢したのだと。そしてその次の瞬間に私は一瞬血の気が引いた。

『うんこがもれた!!!』

さりげなく、バレないようにズボンの上からお尻をさわる。そこには何もない。あるのは綿の優しい肌触りだけだった。

私は勝った。気を失っても戦うことは止めなかった。気を失っても戦い続けたのだ。無意識に。あるすごい侍は目的地に向かう途中に殺されたが、そこから半死半生の状態で数メートル目的地に向かっていたそうだ。血の後は体を引きずりながら殺された場所から数メートル目的地に続いていたそうだ。

話は戻る。私はすっくと立ち上がり、必死に平静を装いながら。真剣な顔つきで中断された授業の中、後輩200名に見つめられながら、看護師と一緒に授業を抜けてトイレに行った。女性看護師が持ってきた担架が無駄になったことは言うまでもない。

侍は勝ったときに安易に喜ばない。敗者に対するリスペクトがあるからだ。相手がいたことで、自分は強くなることができたのだ。この経験が私を強く、太くする。強者は金棒を振り回さない。

私は今グラーナで子どもたちに戦うことを伝えている。侍の世界では負けることは死ぬことを意味する。
サッカーも、もともとはそうだった。生きるか死ぬか。自分たちの心臓を差し出してそれを取り合う。それがサッカーの本質だと私は思っている。目の前のプレーを全身全霊で勝ちにいかなければその選手に先はない。

サッカー選手はピッチの中だけでは育たない。むしろ長い時間を過ごすピッチの外で差が生じる。休むことは必要だが、「戦いの焔(ほのお)」をいつだって寝てる時だって絶やしてはいけない。



”あいつ”はいつ来るかわからないから。